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消えるブルートレイン 



1974.3 鹿児島本線 博多駅

 最後のブルートレイン「北斗星」廃止のニュースが入ってきました。
 
 日本の長距離旅客輸送を支えてきたブルトレの原点は、
 寝台特急「あさかぜ」に始まったと思います。

 個室を含むA寝台5両にグリーン車と食堂車連ねた14両編成で博多駅に到着した「あさかぜ」は
 16時間半の長旅の疲れも見せず、堂々とした風格をみせていました。
 
 ブルートレインとともに、またひとつ「昭和」が消えていきます。

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Posted on 2014/12/07 Sun. 22:07  edit  |  tb: 0   cm: 0  

’78夏・鶴見線界隈(3)  



1978.7.29 鶴見線 浅野駅

 線路に覆いかぶさらんばかりの鉄橋やプレハブの工場群の間から
 72系電車が西日を受けてカーブの先からやってきます。

 昭和50年代、工業地帯で働く電車達は
 「高度経済成長」時代の日本を見せてくれました。
 

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Posted on 2014/07/29 Tue. 21:43  edit  |  tb: 0   cm: 0  

’78夏・鶴見線界隈(2) 



1978.7.29 南武支線 浜川崎駅

 真夏の陽射しが差し込む車内に、雪駄を履いた男性が発車時刻を待っていました。

 ここで働く旧型電車の役割は臨海工業地帯への通勤客輸送、
 土曜日の午後はまるで回送列車のようです。
 

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Posted on 2014/07/26 Sat. 13:28  edit  |  tb: 0   cm: 0  

’78夏・鶴見線界隈 



1978.7.29 南武支線 浜川崎駅

 もう35年以上前になります、真夏の南武線・鶴見線界隈を訪問しました。

 人気の無いホームに停車したリベット打ちの茶色い車体が
 静かにコンプレッサーの音を響かせています。

 開放された窓からは少しだけ涼しい海風が通り過ぎていました。

 

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Posted on 2014/07/23 Wed. 23:43  edit  |  tb: 0   cm: 0  

街までお出かけ 



1979.04.03 高千穂線 高千穂駅

 ローカル線の終着駅に、おしゃれをした親子がやってきました、
 これから街にお買いでしょうか、それとも親戚宅にでも訪問するのでしょうか。

 国鉄の赤字が取り沙汰された昭和の後期、その矢面に立っていたローカル線でしたが
 しっかりと地域の人々の貴重なアシとしての役割を果たしていたようです。


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Posted on 2014/03/22 Sat. 22:19  edit  |  tb: 0   cm: 0  

夜の待合室 



1979.03.29 日豊本線 佐土原駅

 24時間営業のコンビニなどがまだ無かった頃
 夜は今よりもずっと暗かった気がします。

 暗い夜だったからこそ、電灯の灯りや木製のベンチに
 暖かさを感じたのかもしれません。

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Posted on 2014/03/19 Wed. 23:48  edit  |  tb: 0   cm: 2  

夜を徹して 



1979.03.22 山陰本線 福知山駅

 旧型客車が大好きな「もんたけ」は長距離鈍行の代名詞
 山陰本線「824列車」に2度完乗しました。
 18時間半の乗車を終え、福知山駅で京都行き普通列車に乗り継ぐのですが
 当時の福知山駅の案内板には深夜にも関わらず、
 いくつもの列車名が表示されいました。

 2014年 3月14日、この日をもって寝台特急「あけぼの」も運行が終了し
 夜を徹して走る列車が次々となくなっていきます。
 旅客ニーズや運行コストを考えると鉄道も
 「夜は休む」という事が効率的なのでしょうが、
 やはり一抹の寂しさを感じてしまいます。

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Posted on 2014/03/16 Sun. 22:56  edit  |  tb: 0   cm: 0  

晴れのち雨 



1978.08.01 JR飯田線 平岡駅

 飯田線は信濃と三河を結ぶ南北約200kmに及ぶ長大路線で、
 北から南へ地形も気候も異なった地域を結んでいます。

 写真は1978年夏、辰野から豊橋まで旧型国電で縦走した際の撮影した平岡駅でのスナップです。
 伊那谷では容赦なく照り付けていた太陽でしたが、
 天竜川沿いの渓谷に入ると一転して雨模様になりました。

 地方ローカル線でも鉄道が貨物輸送を担っていた頃、
 ホームには交換待ちのED62が牽く貨物列車が静かに交換待ちをしていました。

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Posted on 2013/08/23 Fri. 23:52  edit  |  tb: 0   cm: 0  

夏の記憶 



1976.07.26 福知山線(旧線) 武田尾-生瀬

 記憶と言うのは曖昧なもので、時間の経過とともにさらに不鮮明になっていきます。

 真夏の早朝、福知山線の武田尾周辺の写真ですが、
 どのような方法でこの場所に行ったのか一切記憶に残っていません。

 夜行列車に乗って大阪から直行したのか、 
 山陰方面より寝台急行「だいせん」でアクセスしたのか
 京都にある親戚宅からアタックしたのか、今となっては藪の中です。

 ただ、川沿いに流れる涼しい風と、ゆっくりと通過していく列車の音だけは
 今でも、はっきりと記憶に残っています。

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Posted on 2013/07/20 Sat. 10:23  edit  |  tb: 0   cm: 0  

美人薄命 



1976.07.26 福知山線(旧線) 武田尾-道場

 「54」の番号が付く機関車は悲運のものが多いようです。
 DD54型ディーゼル機関車もそのひとつで
 非電化区間の亜幹線用に導入された最新鋭の機関車でしたが
 初期故障と労働運動の翻弄されて、わずか12年足らずで姿を消してしまいました。

 撮影した1976年の夏は全廃の2年前、今では新線開通で廃線となった武田尾付近の渓谷に
 その美しい深紅の姿を見せてくれました。
 個性的な美人は強烈な印象を残して、短い一生を駆け抜けて行きました。

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Posted on 2013/07/16 Tue. 23:24  edit  |  tb: 0   cm: 0