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駅ビルと百貨店 (西鉄福岡市内線)  



1978.11 西鉄福岡市内線 博多駅前

 昭和50年代の福岡市には、
 天神の岩田屋、中州の玉屋、呉服町の大丸、
 そして博多駅の井筒屋と、大きな百貨店が4店舗ありました。

 博多駅に併設してする博多ステーションビルに入店していた
 「井筒屋」ですが、九州新幹線博多延伸に伴う再開発で
 2007年に撤退となりました。

 他の3店舗も、現在同じ場所で営業を行っている店舗はなく
 小売業界の競争の激しさや変化の大きさを感じます。
 
 今では九州一円からたくさんの人が集まる福岡市
 百貨店やショッピングモールだけでなく
 変化を続けていくことでしょう。

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Posted on 2020/05/19 Tue. 23:55  edit  |  tb: 0   cm: 0  

大博通り (西鉄福岡市内線)  



1979.01 西鉄福岡市内線 祇園町

 緑橋電停を過ぎ、祇園町の交差点を左に曲がると
 祇園町電停がありました。
 路面電車が走る片側4車線の大きな通りは「大博通り」
 博多駅から福岡港まで一気に貫いています。

 博多の夏を告げる祭り博多祇園山笠では
 舁き山が大博通り入ると道幅の広さのに幻惑され、
 蛇行しながら進んで行くことでも有名です。

 近代的なビルや道路と伝統のある祭りが共存する
 博多を象徴する街と言ってもよいでしょう。

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Posted on 2020/05/14 Thu. 22:13  edit  |  tb: 0   cm: 0  

御笠川今昔 (西鉄福岡市内線)  



1979.01 西鉄福岡市内線 緑橋

 緑橋電停のすぐ脇には御笠川が流れ
 市内電車は専用の鉄橋で渡っていました。

 昭和の時代、政令都市のなかで唯一、一級河川がない福岡市は
 中小の河川に生活排水等が流れ込み
 御笠川をはじめ、どの川もあまり綺麗な状態ではありませんでした。

 その後、護岸工事が行われ下水設備が整備され
 今では見違えるようになった御笠川ですが、
 昭和の時代の一面を垣間見たような気がします。
 

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Posted on 2020/05/09 Sat. 23:39  edit  |  tb: 0   cm: 0  

伝統と文化 (西鉄福岡市内線) 



1979.01 西鉄福岡市内線 福高前

 昨今の焼酎ブームの影響でしょうか
 九州といえば焼酎というイメージになっていますが
 北部九州地方はお酒といえば日本酒がスタンダード

 その博多の酒といえば福高前電停脇にある石蔵酒造さんが
 「博多百年蔵」といわれる明治以来の伝統を今に繋いでいます。

 白壁土蔵にレンガの煙突の印象的な建物群は
 隣接する福岡高校の建物と共に有形文化財として登録され、
 今も現役の酒蔵として使用中

 食事や宴会も楽しめるようですので、
 おいしいお酒と共に、博多の文化を体験してみたいと思います。

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Posted on 2020/05/04 Mon. 23:02  edit  |  tb: 0   cm: 4  

ジャンクション (西鉄福岡市内線) 



1979.01 西鉄福岡市内線 千代町

 千鳥橋から博多駅へ向けて進むと千代町に達します。
 ここは循環線と貫線が交差し、
 吉塚線との分岐点にもなっていました。

 直進すれば博多駅、右折すれば天神と
 市内中心部に通じる重要な交差点

 今ではビルが立ち並び、スマートになった千代町ですが、
 道路上に張られた架線と電車を待つ女子高生のスカート丈が
 昭和の時代を語っています。

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Posted on 2020/04/29 Wed. 23:55  edit  |  tb: 0   cm: 0  

要衝の三叉路 (西鉄福岡市内線) 



1979.01 西鉄福岡市内線 千鳥橋

 循環線と貝塚線のみとなった最晩年の福岡市内線
 路線が分岐している場所は、
 この千鳥橋一か所になっていました。

 この電停は、1963年までは
 「新博多駅」や「西鉄博多駅」と呼ばれ
 現在も国道3号線と市街地と繋ぐ重要な場所

 市電の最期をしっかりと見届けた
 要衝の地でした。

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Posted on 2020/04/24 Fri. 23:27  edit  |  tb: 0   cm: 2  

His Master’s Voice (西鉄福岡市内線) 



1979.01 西鉄福岡市内線 馬出三丁目

 専用軌道の終点であった千鳥橋電停に向けて
 緩やかなカーブを描き終えるあたりが馬出三丁目
 
 その電停標に取り付けられた広告看板に、
 蓄音機をのぞき込む「ニッパー」君の姿を見つけました。

 ニッパー君の姿が商標登録されたのは、
 120年前の1900年の6月の事。
 社名が「日本ビクター」から「JCV」に変わっても
 1世紀の時を超えて、彼は今も生き続けています。
 

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Posted on 2020/04/19 Sun. 22:42  edit  |  tb: 0   cm: 2  

店番 (西鉄福岡市内線) 



1978.12 西鉄福岡市内線 浜松町

 浜松町電停のすぐ前に、小さな酒屋がありました。
 
 店先に積まれたビールケースが物語る通り
 この頃は、ビールは瓶入りが主役、
 酒屋にお願いして配達してもらうのが一般的でした。

 瓶ビールと缶ビール比率が逆転するのは平成7年だそうで
 その頃から、酒屋はコンビニへ変化していきます。

 まだまだ不便でのんびりしていた昭和50年代
 店番のワンちゃんも、のんびりとお客さんを待っていました。

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Posted on 2020/03/15 Sun. 23:55  edit  |  tb: 0   cm: 2  

筥崎宮参道 (西鉄福岡市内線)  



1979.01 西鉄福岡市内線 箱崎浜

 日本三大八幡ある筥崎宮
 箱崎浜から一直線に伸びる参道を、
 市電貝塚線が横切っていました。

 今年もあと数日経つと、
 初詣の人々でこの参道も埋め尽くされることでしょう。

 1月3日開催される「玉せせり」まで、
 年末年始の箱崎は賑やかになります。

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Posted on 2019/12/28 Sat. 23:02  edit  |  tb: 0   cm: 5  

網屋縦筋 (西鉄福岡市内線)  



1979.01 西鉄福岡市内線 網屋縦筋

 駅や電停の名前を聞いただけで、
 その場所のイメージが湧いている事がありますが、
 「網屋縦筋」もそのひとつ、箱崎浜の漁師町を思い浮かべます。

 昭和の時代のこの界隈は
 小さな会社や九大生で賑わっていたそうで
 スーツ姿の男性が闊歩しているのも頷けます。

 賑やかだった網屋縦筋の街も
 今は静かな住宅街となりました。
 

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Posted on 2019/12/23 Mon. 23:05  edit  |  tb: 0   cm: 0