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ラストキャバレー (西鉄福岡市内線)  



1979.01 西鉄福岡市内線 渡辺通四丁目

 現在ではほぼなくなってしまった「キャバレー」
 福岡で最後まで残ったのは、渡辺通りから見ることができる
 ドーム屋根の「ミナミ」でした。
 
 正統派のキャバレには、子供の頃に親戚の宴会の流れで連れられて
 一度だけ入ったことがあります。

 店内は広くて、ステージがあったのは覚えていますが
 綺麗なお姉さんが居たかどうかは、
 眠かったせいものあり、定かではありません。

 背の高いソファーと高い天井だけが記憶が残る
 唯一の「キャバレー体験」でした。
 

category: ◆追憶の日々

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janre: 写真

tag: 西鉄福岡市内線 
Posted on 2020/08/13 Thu. 23:55  edit  |  tb: 0   cm: 0  

木造家屋 (西鉄福岡市内線)  



1978.12 西鉄福岡市内線 渡辺通二丁目

 福岡の繁華街、天神から南に延びる渡辺通りですが
 戦後、交通量の増大と再開発から、道路が拡張されました。

 その際、道路の拡張工事は西側に拡げる形で始められ、
 片側3車線の車道と広い歩道が先に敷設されましたが、
 市電が走る旧道の東側は古い木造建築物などが残っており
 市内の中心部で新旧取り混ぜの風景を見ることが出来ました。
 
 現在の立派なビル街からは想像もできない
 「昭和」な姿です。
 

category: ◆追憶の日々

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janre: 写真

tag: 西鉄福岡市内線 
Posted on 2020/08/08 Sat. 23:13  edit  |  tb: 0   cm: 0  

庶民の街から (西鉄福岡市内線)  



1978.12 西鉄福岡市内線 渡辺通一丁目

 渡辺通一丁目、通称「一丁目」は庶民の街。
 スーパーマーケットの「サニー」を中心に
 アーケード街の「清川サンロード商店街」があり、
 下町の風情が漂う街でした。

 その一丁目に建設計画が持ち上がったのが
 一流ホテルの「ホテルニューオータニ」と
 ショッピングモールの「サンセルコ」

 従来のイメージを一変する真新しいビル群が建つことになり
 今ではハイカラな街に変貌した一丁目ですが
 「清川サンロード商店街」は今でも健在。
 いつまでの庶民の味方でいて欲しいと思います。


category: ◆追憶の日々

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tag: 西鉄福岡市内線 
Posted on 2020/08/03 Mon. 23:42  edit  |  tb: 0   cm: 0  

博多の台所 (西鉄福岡市内線)  



1978.12 西鉄福岡市内線 柳橋

 柳橋電停付近にある「柳橋連合市場」
 創立は昭和初期の様ですが、
 大きく発達したのは終戦後になります。

 昭和50年代でも戦後の「闇市」の気配も漂っていましたが
 中のお店は新鮮な鮮魚や海産加工品・果物、青果などの食材があり、
 料理人やグルメ好きな方が多く訪れる
 隠れた観光スポットにもなっているそうです。

 しかしながら、ホテル建設の噂もあり
 体験できるもの今のうちかもしれません。
 

category: ◆遺構・展示

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Posted on 2020/07/28 Tue. 23:58  edit  |  tb: 0   cm: 0  

住吉神社 (西鉄福岡市内線)  



1978.11 西鉄福岡市内線 住吉

 住吉電停のすぐ傍に住吉神社の南門がありました。

 この南門からは直接本殿が見通すことができないため、
 どんな神社なのかよく知らなかったのですが、
 なんと、全国2千数百社ある住吉神社の始祖であり
 海にまつわる神として信仰された由緒正しい社だそうです。

 博多2000年の歴史を物語るような神社ではありますが
 付近はいたって庶民的な街
 散歩中の老人もふらりとやって来きます。

category: ◆追憶の日々

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tag: 西鉄福岡市内線 
Posted on 2020/07/23 Thu. 23:44  edit  |  tb: 0   cm: 0  

町名遷移 (西鉄福岡市内線)  



1978.11 西鉄福岡市内線 駅前四丁目

 博多駅前から天神方面へ市電に乗って進むと
 「駅前四丁目」という電停がありました。

 元々はこの辺りは「人参町」や「平松町」と言われた様ですが
 1963年、博多駅が現在の位置に移転した際に
 道路や街並みが大きく変わり、
 町名も「博多駅前〇丁目」という
 無味乾燥な名前に変わってしまいました。

 古い地名は残してもらいたいものですが、
 そこは、弥生時代から常に変わり続ける
 博多の街ならではの事象なのでしょう。
 

category: ◆追憶の日々

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Posted on 2020/07/18 Sat. 23:59  edit  |  tb: 0   cm: 0  

想いを馳せる (三岐鉄道北勢線)  



2020.6.25 三岐鉄道北勢線 馬道駅

 馬道駅の西側にこんもりと盛り上がった小山があります。
 走井山公園と言って、今は桜の名所になっていますが
 戦国時代、ここには矢田城という城があった場所になります。

 矢田城は、織田信長の伊勢侵攻の際に落城すると、
 その後、長島一向一揆攻略の最前線基地として使用されたという、
 教科書にも記述されているレベルの戦に係わる城でした。

 当時の遺構は残っていませんが
 桜の時期に訪れて、想いを馳せるのもよいですね。
 

category: 東海・北陸

thread: 風景写真

janre: 写真

tag: 三岐鉄道北勢線 
Posted on 2020/07/13 Mon. 23:42  edit  |  tb: 0   cm: 0